September 28, 2008

ポール・ニューマン最後のインタビュー:Paul Newman and James Dean screen test (1955)


"James Dean and Paul Newman screen test" -YouTube

Above, you see James Dean and Paul Newman testing for East of Eden (1955). Newman couldn't get the role of Dean's twin brother role back then, but it wasn't long before James Dean died in a car crash, and the leading role for The Battler (1955) was instead given to Paul Newman (NYTimes).

Newmans Own, Inc. has generated over $250 million in proceeds that have been donated to thousands of charities worldwide. The company website now shows this message; "Due to unusually high traffic, our full site is currently unavailable."

Here's a transcript of one of the last interviews which I translated below.

これはポール・ニューマンとジェームズ・ディーンが『エデンの東』(1955)の配役審査でスクリーンテストしたときの映像だ。共演作のない2人が並んでいる場面は珍しい(残念ながらニューマンはこの時、ディーンの双子役を逃した)。

後にディーンが交通事故で亡くなり、彼が出演する予定だったTV映画『The Battler 』(1955)の主役を代打で務めたのが、当時無名のニューマンだった(NYTimes)。

ル・マンで2位に入るレーサーの顔はよく知られているけど、この辺りでニューマンと言えば食卓でお馴染みのこのドレッシング!

顔ラベルが目印

Westportという人口2万6000人の小さな町で、旧友A・E・ホッチナー(脚本家)と1980年のクリスマス直前の晩、ドレッシング山ほど作ってワインボトルに詰めて近所に配ったのが大評判となり、1982年に二人で創業したのが食品会社「ニューマンズ・オウン」。今はポップコーンとか手広くやっている。

ここがすごいのは、税引き後の利益を全額チャリティーに寄附してるところ。それも額が半端じゃなくて、これまでに2億5000万ドル(250億円超)というお金を世界中の恵まれない人たちに寄附しているのだ。あと、創業者2人が始めた重病の子どもたちのキャンプHole in the Campという世界組織の雛型になった。

その偉人ニューマンが金曜、逝ってしまわれた。翌朝の訃報ではTVキャスターが、「今のハリウッドの自己中セレブに、あのポール・ニューマンの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい」と語っていた。異例のトラフィック集中を受け同社のサイトは現在、追悼ページ1枚になっている。

天国へのはなむけに、昨秋ABCの大御所バーバラ・ウォルターズが行ったニューマン最後のインタビューのひとつを部分訳でお届けしよう。;

ウォルターズ: あなたって本当に謙虚な方。常にこだわりがなくて鷹揚で、なんでも自分の手柄にしない。言ってる意味、おわかりになります?
ニューマン:  はい。でも別にそれは特別なことだとは思わないですよ。外見が違ったらどうだったと思います? それでも最初のチャンスが掴めたと? そんなはずはない。
ウォルターズ: 全部そこから生じたと?
ニューマン:  そう、それが正解。

ウォルターズ: 自分で自分をハンサムだと思ってました?
ニューマン: そう人には言われたよ。
ウォルターズ: 今はどうです? ハンサムだと思います?
ニューマン:  今は古代人(老いぼれ)さ。
ウォルターズ: ポール、あなたは今もハンサムよ。
ニューマン: ありがとう。

[...]

ウォルターズ: あの車に乗ってる時、レースで自分は何を得られてると感じます?
ニューマン: 神の愛(grace)。レースカーの中で生まれて初めてそれを感じた。

ウォルターズ: 何か哲学はお持ちで?
ニューマン:  まあ、そうね、たぶんあるかな。持ってるものが少ない人、恵まれない人のことを思い遣ることは本当に大事なことだと思いますね。
ウォルターズ: その通りのことをやってこられたじゃないですか。特に子どもたちのために。
ニューマン: そうですかね。

ウォルターズ: 墓碑銘には何と?
ニューマン: "I was part of my times." (私は自分の時代の一員だった)

ウォルターズ: 良い人生でした?
ニューマン:  おお、それはもう。

September 23, 2008

サラ・ペイリンとヒラリーの無党派共同声明:Palin and Clinton address the Nation - in Japanese


Last week's most-talked-about 'Saturday Night Live' skit viewed over 4.8 million times, breaking record on NBC.com. Have you ever heard of 'flurge' or 'boner shrinker' or 'FLURJ'?
FLURJ: verb: cross between "flush" and "purge." FLERG: noun: a flaccid penis.
UPDATE: from Slate;
Flerg: 1.) The state of a man's penis when it is not erect.
2.) The foreskin of a man's penis.
Flurg: An unknown place, that is hard or unknown to define.
Flurge: A cross between flush and purge. the state of a man's penis when it is not erect.

-I also found a definition that drew a comparison between MILF (Mom I'd Like To F***) and FLIRGE (First Lady I'd Rather Get Elected).

これは先週オンライン視聴数480万回突破NBC.com空前のヒットとなったSNLのお笑いコント。右はずっとヒラリー役やってる女優エイミー・ポーラー、左は今回ペイリン初挑戦のティナ・フェイ

[full script translated from LAT blog]

ペイリン:「アメリカの同胞のみなさん、こんばんわ~。今晩こうしてクリントン上院議員と一緒に演説できるというお話を伺った時は、私、ほんんっとうにうれしかったです」
クリントン:「私は独演って聞いてたんですけどね」(爆)

ペイリン:「こうして私たちが2人揃って並んでるなんて、みなさん、ちょっとヘンに思われるかもしれませんよね。よりによってジョン・マケインのランニングメートであるこの私と…」
クリントン:「バラック・オバマ上院議員の熱烈な支持者であるこの私…。いやほらね、このボタンで分かるでしょ?」(爆)

ペイリン: 「でも今夜は私たち、党の垣根を越えて、選挙の現場で男女差別がいかにひどいかについて、お話したいと思ってます」
クリントン: 「急にみなさんその問題を本気で心配されてるので私も正直びっくりしてるんですけどね」(爆←ヒラリーの時は女と見られてなかった)

ペイリン: 「そうですよね。ヒラリーさんと私じゃあ、意見が一致する問題なんて…」
クリントン: 「(割り込んで)ありませんからね。私は海外政策の要は外交だと思ってますし…」
ペイリン: 「私は自宅にいながらにしてロシアが見えますし…」(←「ペイリンはアラスカの家からロシアが見えるから外交は精通している」という冗談がある)

クリントン: 「私、地球温暖化は男が原因だと思ってますし…」
ペイリン: 「私は神様がぎゅっと抱きしめ過ぎるせいだと思ってますし…」

クリントン: 「私はブッシュ・ドクトリンには賛同できませんし(キッパリ)」
ペイリン: 「…なんの話やらさっぱり…」

クリントン: 「ですけど、サラも私も米国の選挙活動が男女差別まみれであってははならない、という点では見解が一致してるのです」
ペイリン: 「そうそう。ですからセクシーなビキニの写真に私の顔をフォトショップでつけるのは今すぐやめて欲しいです」
クリントン: 「私を“足首がない女”と呼ぶのは今すぐやめてください」
ペイリン: 「私を“MILF(モロイスラム解放戦線熟女)”と呼ぶのは今すぐやめてください」
クリントン: 「私を“FLURJ”と呼ぶのは今すぐやめ…いやね、私もググってやっと意味分かったんですけど(上記英文参照)、やっぱりそう呼ばれるのはちょっと…」

ペイリン:  「記者のみなさん、コメンテーターのみなさんには、お願いですから私たちを軽んじる表現を使うのは止めにしていただきたい。“キレイ”とか“魅力的”とか“美人”とかいうのも…」
クリントン: 「“性悪女”、“ガミガミ女”、“色気のない女”というのも…」

ペイリン: 「政治は違えど、私の友と私はどちらもタフなレディーなのです。タフなレディーと言えばアラスカには昔からこんなジョークがあります…“この2つはどこが違うでしょう…”」
クリントン: 「リップスティックでしょ」
ペイリン: 「 ホッケーのママと…」
クリントン: 「リップスティック」
ペイリン: 「…ピットブルでは」
クリントン: 「リップスティック」
ペイリン: 「(一呼吸置いて)…こたえはリップスティックです」

ペイリン: 「ご覧ください、この私たち、こんなところまで駒を進めてきたんです。ヒラリー・クリントンはホワイトハウスにあと一歩のところまできました。そして私、サラ・ペイリンはさらに近くまできたんです。信じられます? ヒラリー」
クリントン: 「(一呼吸置いて)信じられません!」(爆)

ペイリン: 「ほんと、驚くべきことですよね。どこにいらっしゃる女性のみなさんも、政治がどうあれ女がホワイトハウスに行くべき時は今だという気持ちは同じかと」

クリントン: 「違ーう! 私のもの。私のものになるはずだったのよ。ちょっとひとこと言わせてもらっていいかしら。私、別に女に大統領になってもらいたかったわけじゃない。私が大統領になりたかった、そしてたまたま私は女だった。あなたのホワイトハウスへの道と、私のホワイトハウスへの道を比べるなんて、そんな話、聞きたくもない!  私は泥と鉄条網をズタズタになって掻き分けて地面に這いつくばってここまできた。そこにあなたは犬ゾリまたがってサッシュ腰に巻いて、そのティナ・フレイみたいな眼鏡かけて、ただ割り込んできただけじゃない!」

ペイリン: 「なんという驚くべき時代に私たちは生きてるんでしょう。思えばほんの2年前は私、アラスカというクリスタルなヒロポンの都で小さな村の村長やってたんです。それが今や合衆国大統領のところまで脈1個(←マケインの脈)。これを見たら誰でも大統領になれることが、みなさんもお分かりいただけると思います」
クリントン: 「誰でも」

ペイリン: 「ただ求める、それだけでいいのです」
クリントン: 「あははははは…そう、そうね、サラ。振り返ってみて、ひとつやり直しがきくんなら、私ももっと求めるようにすべきだったと思うわ(錯乱気味)」

ペイリン: 「そんなわけで今後6週間はマスコミのみなさんにもセクシスト(性差別主義者)な行動はくれぐれも謹んでいただきたいと思います」
クリントン: 「女性政治家の信用を問うことイコール、セクシストとは決して思いませんけどね。これに(サラを指差して)恐竜の話でも聞いてやってくださいよ」
ペイリン: 「そしてアラスカのことわざにもあるように…」
クリントン: 「アラスカに限らず、どこでも言うように…」
ペイリン&クリントン: 「NYの現場からライブでお届けしました、担当は“Saturday Night”!!!」

September 18, 2008

ピクサーはコンピュータを最後の1台まで売った:Pixar Image Computer Trivia

Pixar Image Computer (c) Renderocity

One more thing I need to add to my previous entry '12 Things You May Not Know About Pixar' is that the company sold all the ultra-high-end Pixar Image Computers while supply lasted. Until the last piece. So when they realized there was none left, they bought it on eBay from a dentist. Masa told me that as he found out it was a bid from Pixar, he raised the price a bit:) Now it's showcased in Pixar's Render Farm.

そういえば「ピクサーについて知っておくべきこと12」でひとつ書き忘れたことがあった。

ピクサーも最初は超ハイエンドな映像処理用コンピュータを作って売り歩いてたんだけど、これが家の敷金ぐらい高くてちっとも売れない。ラセターがコンピュータの営業用にサンプル映像作って、そちらが評判になって主力が映画製作にシフトする前は本当に経営は苦しかったようで(この墓石のようなピクサー・イメージ・コンピュータを部門ごと売却した先は1年も経たないうちに倒産した)、コンピュータは最後の1台まで売ってしまっていた。

後で気づいたら1台も残ってない。しょうがないのでeBayで歯医者さんから買ったものが今、レンダーファームに展示されている1台というわけね。「相手がピクサーと分かったら値段吊り上げてきたらしいよ」とmasaさんが笑ってた。

September 16, 2008

I'm Still Working on TechCrunch50 Columns

Maybe too much thinking?
Oh, well, I'll take as much time as it takes to figure out what really happened.

Here's a snap from TC50 last week. Serkan Toto is a TechCrunch editor based in Tokyo and he already rounded up the first Japanese finalists; Opentrace (review), Tonchidot (review), Gazopa (review) as well as demopit startups; Deckkr (review) and Waget. He also reported to Asiajin (OpenTrace, Tonchidot, Gazopa) and personal blog. What a volume...!

これは先週行われたTechCrunch50からのスナップ。右は日本語版運営母体・トランスコスモスの長谷川さん。真ん中はTechCrunchに日本のこと書いてくれてるSerkan Totoさん。今回日本からは最終審査のファイナリスト3社(OpenTraceTonchidotGazoPa)、フロア出展2社(DeckkrWaget)、数十人の方のご参加をいただき、去年とは全く違う息吹を感じた3日間だった。

こうした所感と会場の声をメインに日経BOさん用に今、原稿をまとめている。もう書くことは決まってるのに、あらぬ方向に想念が拡大してしまって(滑ジイみたいにソクラテスまではいかないけどさ)、ものすごく時間がかかってる。気長にお待ちを…。

UPDATE: 日本に独自のアイデアがないなんて誰が言った!?:NBonline ←やっと前編完成。

September 9, 2008

米本土爆撃の人、藤田信雄:66 Years Ago Today, Nobuo Fujita Came

Nobuo Fujita and his plane, Yokosuka "Glen"

66 years ago today (sorry, my timer setting didn't work), Nobuo Fujita dropped two incendiary bombs near Brookings, Oregon, marking the first bombing of mainland America by foreign force. It completely burned down..., well, seven trees.

It was largely neglected in 9-11 incident (obviously for its lack of impact), but when I moved here 10 yrs ago, I came across a tiny little article about him on SJ Mercury. It had only five or six sentences and it might have been in News of the Weirds I regularly checked, but I was hugely impressed by the fact that some curious minds here shed the light on it.

As TechCrunch50 (Sept. 8-10) came up and the first three finalists arrived from Japan, somehow that little article came up to my mind, urging me to check his name. So, I dug a little bit to find out his name is Nobuo Fujita and it was Sept. 9, 1942.



(photo right: Japanese submarine I-25 Fujita flew from. After the second attack on Sept. 29, they left Oregon coast. On its way back home, it sank the Soviet sub, mistaking it for US sub...)

***
What's interesting is its aftermath.
Forty years later, in 1962, Fujita was invited back to attend a local festival in Brookings as a guest.

Fujita, the ex-trainer of Kamikaze, carried his family treasure, a 400-year-old samurai sword he packed in 1942 air raid, with intention of killing himself if the worst should happen. But Oregonians welcomed him with such a generosity, and that's when he accepted the defeat for the first time. Following the Samurai ritual of surrender, he gave the sword to the city. Then, he made a promise to invite exchange students to his home, though he was in financial problem that time as his business went into bankruptcy.

With enough coins spared, he invited three students from Brookings in 1985, and received a dedicatory letter from an aide of Ronald Reagan. In 1992, he planted a redwood tree at the bomb site in his third visit, and he made one last visit in 1995. It was several days after American friend flew over to him and made him an honorary citizen of Brookings when he died on September 30, 1997, at the age of 85.

His sword is still on display at the Chetco Public Library. About a year later, his daughter buried some of his ashes at the bomb site.

As Makio Mukai (husband of NASA astronomer, Chiaki Mukai) responded here, not many Japanese knew that story (only recently there's a book and TV featuring him). As Mukai noted, in the post-war Japan, anything related to the war was abhorred. His love for US could have been parallel to veterans' neglect in Japan.

Here's in-depth story by Chuck Woodbury. His buddy, Brian Pahl, visited the site in March 1998, driving and walking for hours. Next time I drive up to Oregon, I wanna stop by the site.

Related:
Jap Incendiary Bomb Sets Oregon Forest Fire
5thstar_管理人_日記: 米本土爆撃の記憶、宗谷岬沖の死闘

September 2, 2008

サラ・ペイリンと10代の出産:Palin Factor and Teenage Pregnancy


Bristol holds her brother. 08.29.(c)AP
If they deny teenage pregnancy, there wouldn't have been Eric Clapton, Larry Ellison, Barak Obama.  As McCain spokesman Steve Schmidt said, 'Life happens.'  Have you ever seen "Juno"?

共和党副大統領候補に金曜選ばれた元ミス兼ハンター兼アスリート兼アラスカ州知事のサラ・ペイリン女史(44)は今年4月にダウン症の第5子(写真)を産んでいる。それが「実は長女(17、写真では弟を抱いてる)の子」だという心無い噂が週末ネットに流れ、昨日やむなく「長女は妊娠5ヶ月で、父親とは結婚を約束している」という内情を明らかにした。マケイン候補は承知の上で女史を指名したという。

10代の出産を否定するならエリック・クラプトンもラリー・エリソンもバラック・オバマもこの世にはないわけで、こればかりはマケイン報道官の「life happens」に一票だなあ。このテーマでは『Juno』って映画があったりする。

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asahi.com:副大統領候補ペイリン氏の17歳長女が妊娠
CNN.co.jp:オバマ氏、「ペイリン氏家族を選挙運動に巻き込むな」と

Palin in motion:

Comedy Central 'John McCain Chooses a Running Mate'